東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)83号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1(一) 成立に争いのない甲第三号証によれば、本件発明の特許出願公告公報には、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
本件発明は、河川や港湾、海岸等に堆積している各種ヘドロを拡散流出させることなく即座にその位置において効果的に硬化固定化させ、これによつて土木上必要とする安定地盤などを得るためのヘドロ硬化処理装置を提供することを技術的課題(目的)とし(同公報第一頁第一欄第三四行ないし第二欄第二行)、この課題を達成するために、撹拌羽根の撹拌圏の全域へヘドロ硬化剤を均一に混入供給するため、該ヘドロ硬化剤供給用の注入管に設ける噴出孔の穿設位置を工夫するとともに、撹拌羽根に対する注入管噴出孔の相対的移動関係を工夫(同公報第一頁第二欄第八行ないし第一二行)して、特許請求の範囲(前記本願発明の要旨)記載のとおりの構成を採用したものである。
本件発明は、右構成を採用したことにより、ヘドロ硬化剤を確実に、かつ定量を有効にヘドロの所望個所へ混入できるため撹拌混合のばらつきがなく、しかも撹拌圏の全体にわたり均一強度の硬化処理ができるという作用効果を奏するものである(同公報第二頁第四欄第二〇行ないし第二四行)。
(二) 一方、引用例記載の発明が、ケーシングBに対して上下移動自在に設けた本体Aに、多数の混練羽根が固設された撹拌軸を回転自在に取付けるとともに、ヘドロ固化剤噴出用ノズルが下端に形成された固化剤圧入用パイプCを本体と一体に又はケーシング内に固定させて取付けたヘドロ固化装置であつて、その装置を用いたヘドロ固化処理方法として、上下動又は固定された固化剤圧入用パイプCのノズルからヘドロ固化剤を噴出させるとともに、本体Aを上下動させながら、混練羽根付き撹拌軸を回転させてヘドロを固化するものであることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証によれば、引用例には、「本発明はヘドロ固化装置に関する。港湾又は河川底等におけるヘドロの蓄積は各種処理方法の実施に拘らず、益々増大化の傾向にあつてその処理の困難なことを示している。(中略)本出願人は先に、自然蓄積されたヘドロ層の含水比が二〇〇%と著しく低いことに着目して該蓄積のままヘドロを固化する方法について特願昭四八―二五五一五をもつて出願したが、本願装置は該方法実施に使用するためのもの」(第一頁左欄第一三行ないし右欄第七行)と記載されていることが認められ、右記載からすると、引用例記載の発明も、港湾又は河川底等に自然蓄積されたヘドロ層のヘドロを該蓄積のまま硬化するものであることが認められる。
なお、引用例記載の発明の撹拌軸6、混練羽根5、ヘドロ固化剤、固化剤圧入パイプC、下端ノズル16が、それぞれ本件発明の回転軸1、撹拌羽根2、ヘドロ硬化剤、ヘドロ硬化剤注入管3(注入管ともいう。)、噴出孔aに相当することは当事者間に争いがないので、以下の本件発明と引用例記載の発明の対比においては本件発明の名称を用いることにする。
2 一致点の認定について
原告は、「引用例記載の発明は、本件発明と異つて、含水比の高いヘドロを対象としたものであるから、ヘドロと硬化剤との撹拌を十分に行うためには、注入管と撹拌羽根を設けた回転軸との相対的移動のみでは不十分で、区画用ケーシングBで区画されたヘドロに撹拌羽根を使つて対流を起こさせることが不可欠である。したがつて、引用例記載の発明は、注入管と撹拌羽根を設けた回転軸との間の相対的移動関係によつて硬化剤とヘドロを混練し、ヘドロ硬化処理を行う点で本件発明と一致するとした審決の認定は誤りである」旨主張する。
よつて、検討するに、前掲甲第二号証によれば、引用例の発明の詳細な説明の欄には、「港湾又は河川底等におけるヘドロの蓄積は各種処理方法の実施に拘らず、益々増大化の傾向にあつてその処理の困難なことを示している。該困難の原因はヘドロの含水比が極めて高いことにあり、」(第一頁左欄第一四行ないし第一七行)と記載されていることが認められ、ヘドロ処理の困難な原因として含水比の高いことが指摘されているが、前記認定のように、引用例記載の発明も本件発明も、ともに港湾、河川底等に蓄積されたヘドロを対象として、これを自然蓄積のまま硬化するものであることに変りはないのであり、前掲甲第三号証によれば、本件発明は、特許請求の範囲においても、発明の詳細な説明においても、対象とするヘドロの含水比については何ら言及していないことが認められるから、引用例の前記記載から、直ちに、引用例記載の発明が、本件発明と異なる含水比の高いヘドロを対象としたものであると限定して解することはできない。
また、引用例記載の発明は、区画用ケーシングの存在を構成要件の一つとするものであるが、引用例によれば、発明の詳細な説明の欄には、このケーシングについて、「ケーシングBはヘドロの固化部分を定めるためのものであり、該ケーシング周壁13で囲みを形成させ、その内部のヘドロだけを固化するものである。」(第二頁左欄第五行ないし第八行)、「ヘドロ層は自然蓄積の状態で囲みをつくるのであるから、その内部のヘドロの含水比は約二〇〇%と極めて少なくてすみ、従つて固化剤の量も従来処理方法に比して極めて少量でよい。」(第二頁右欄第一二行ないし第一六行)と記載されていることが認められ、右記載によれば、ケーシングBは、ヘドロの含水比を約二〇〇%の状態のままで処理するために、ヘドロの硬化部分を定め、囲みをつくつて、その内外を遮断するためのものであり、ヘドロと硬化剤との撹拌のために設けられた構成とは認められない。
そうすれば、たとえ、ケーシングBによつてヘドロを区画することにより、結果として、ヘドロに対流が起きやすくなり、その対流によつて硬化剤が撹拌区域上部に供給されることがあるとしても、それはこの構成に伴う副次的な効果にすぎないというべきものであるから、区画用ケーシングが構成要件の一つとなつていることから、引用例記載の発明が本願発明と異なる含水比の高いヘドロを対象としたものであると限定して解することもできない。
他に、引用例記載の発明の発明が含水比の高いヘドロを対象としたものであるとの原告の主張を認めるに足る証拠はない。
そして、引用例記載の発明と本件発明とが、回転軸と注入管を別体とし、注入管を停止状態として、その注入管に設けられた噴出孔からヘドロ硬化剤を噴出し、多段の撹拌羽根を設けた回転軸を上下させるという構成において差異がないことは当事者間に争いのないところであるから、引用例記載の発明においても、注入管の停止状態に対して撹拌羽根を設けた回転軸を上下動させるという、注入管と回転軸との相対的移動関係があり、この移動関係によつて、撹拌圏全域でヘドロと硬化剤とが混練されるという態様において、本件発明との間に相違はないのである。
したがつて、引用例記載の発明と本件発明とは、注入管と撹拌羽根を設けた回転軸との間の相対的移動関係によつて硬化剤とヘドロを混練しヘドロ硬化処理を行う点で基本的に一致するとした審決の認定、判断に誤りはない。
3 相違点の判断について
原告は、「引用例記載の発明と本件発明とは、異なる種類のヘドロを対象として、技術的思想を全く異にするものであるから、噴出孔の位置、数等の構造は、混合成分の性状、混合の程度を考慮して適宜決定し得る技術的事項であるとする審決の判断は誤りである。」旨主張する。
しかしながら、前記2で認定したとおり、引用例記載の発明と本件発明とは、いずれも港湾、河川等のヘドロを蓄積したまま硬化する方法であり、両者において、対象とするヘドロの種類に差異は認められない。
そこで、注入管に穿設された噴出孔についてみるに、前記1(一)で認定したとおり、本件発明において、注入管に設ける噴出孔の穿設位置を先端部あるいは複数段としているのは、撹拌羽根を設けた回転軸と注入管とを相対的移動関係になさしめ、撹拌羽根による撹拌圏の全域へ噴出孔を実質的に配置してあるよう構成して、硬化剤の平均的な供給を行うようにしているものである。そして、右の相対的移動関係が、注入管が停止状態で撹拌羽根が移動する関係にある態様においては、本件発明では噴出孔が複数段に設けられているのに対し、引用例記載の発明では、前記1(二)で認定したとおり、注入管の下端にのみ噴出孔が設けられ、硬化剤が下端のみから噴出される点で相違するが、引用例記載の発明においても、注入管の下端部分より噴出された硬化剤は、撹拌羽根が回転しつつ上下動することによつて撹拌されて撹拌圏全域に拡がることは明らかであるから、引用例記載の発明も噴出孔が撹拌圏の全域へ実質的に配置された構成となつているということができる。したがつて、この点に原告主張のような技術的思想の相違があるとは認められない。
一方、噴出孔の数について、前掲甲第三号証によれば、前記公報の発明の詳細な説明には、「先端部には噴出孔a1が穿設され管内からヘドロ硬化剤が該噴出孔を経て四方に吐出されるようになされている。」(公報第一頁第二欄第一七行ないし第一九行)、「なお、注入管は回転するものであつても良く、この場合は水平方向に対する噴出孔は一個所であつてもヘドロ中の四方へヘドロ硬化剤を噴出される効果がある。」(公報第二頁第四欄第一六行ないし第一九行)と記載されていることが認められ、右記載からすると、噴出孔は硬化剤を四方へ噴出させるように設けられているものであることが認められる。他方、前掲甲第二号証によれば、引用例の第2図(別紙図面(二)参照)には、四個所に注入管を設けたものが開示されていることが認められるから、引用例は四方から硬化剤を噴出させるを示唆するものである。そして、ヘドロを硬化処理する場合、硬化剤の有効量を均一に添加させることは当然に要求される事項であり、その場合、硬化対象であるヘドロ層の撹拌域の広さを考えれば、硬化剤を一個所よりも数個所から噴出させた方がより効率的であることは考慮するまでもないことであるから、硬化剤を四方へ、それも複数個所より噴出させるように噴出孔を実質的に配置させるよう構成することは、当業者ならば容易に想到し得ることというべきである。
してみると、本件発明において、引用例記載の発明の一個所の噴出孔にかえて、所望範囲の複数段に多数個設け、撹拌羽根による撹拌圏の全域へ噴出孔を実質的に配置させることは、当業者が適宜なし得ることであつて、かかる点に発明力を見出すことはできないとした審決の判断に誤りはない。
4 以上のとおりであるから、本件発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点についての審決の認定、判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編注1〕本件発明の要旨は左のとおりである。
回転軸へ撹拌羽根を一段若しくは多段になして設けしめ、ヘドロ層内の所望位置で該撹拌羽根を停止あるいは移動させることにより回転軸の長さ方向の所望範囲を撹拌するようなさしめると共に、該撹拌域内のしかも回転軸の長さ方向と同方向に移動するヘドロ硬化剤の注入管を別体になして設け、該注入管に穿設する噴出孔を、前記撹拌羽根の位置が停止状態となすときは先端部に設けて注入管を移動させ、これに対し移動させるときは所望範囲の複数段に多数個設けて注入管を停止状態となさしめ、このような両者の相対的移動関係になさしめて撹拌羽根による撹拌圏の全域へ噴出孔を実質的に配置させるよう構成し平均的なヘドロ硬化剤の供給を行いながら硬化処理が実施されるようになされていることを特徴とするヘドロ硬化処理方法。